明日をつくる教室

苗を通して未来の環境を考える

有限会社川原種苗

/

川原 与文

取材日 1月 27日

Photo:牧 寛之

ニセコ町で未来に向けた森づくりに取り組む人がいる。有限会社川原種苗の川原与文(かわはら よしふみ)さんだ。川原さんは北海道内各地で、主に樹木の苗木の生産や仕入れ、販売などを行っている。次世代が暮らす環境づくりに励む川原さんのお話を伺った。

ニセコ町から外の世界へ

ニセコ町出身の川原さんは、高校卒業後は小樽市に居住地を移した。そこで職業訓練校に通っていた2年間が、ニセコを唯一離れた時間だった。同校では自動車整備について学び、2級整備士の資格を取得した。所属していたコースの教師陣は興味深い仕事や経験をしている人が多く、周りの学生は個性的な人が多かった。そこでの2年間の生活の中で、さまざまな人の生き方や考え方に触れ、多くの刺激を受けたという。20才の時に同校を卒業し、ニセコ町に戻った。その後は自動車整備工場で約13年働いた。冬は除雪車の整備をすることも多かったそうだ。

森の命を生み出す仕事

川原さんが経営している(有)川原種苗の最初の取り組みは、川原さんの祖父が始めたものだ。父が2代目を引き継ぎ、その後川原さんが法人化した。ニセコ町に戻ってからは自動車整備の仕事をしていた川原さんだったが、段々と父の仕事を手伝うようになった。川原さんの父と一緒に仕事をしていた時期もあったが、川原さんの仕事に対する意欲を感じ始めた時にはためらうことなく退いた。川原さんの思いを尊重してくれる父だった。

川原さんの仕事は、主に造林用の樹木の苗木を生産することだ。人間が生活に利用するために木を伐採した場所に、新たな木を植え、緑を取り戻す仕事である。木の赤ちゃんとなる苗木をつくり、木が伐採された山に新しい命を吹き込む。トドマツやエゾマツ、カラマツ、ミズナラ、カシワなど、川原種苗では約10種類の樹木の育成を行っている。

販売できるまでのサイズに育った苗木の木の高さは、おおよそ25〜30cmほど。そのサイズには、販売可能かどうかを決定する最低基準が設けられている。施工のしやすさなどを考慮し、最低基準のサイズをクリアしながらも、小さめのサイズに収められるよう努めているのだそうだ。木の種類にもよるが、6年程かけて販売できる状態まで育てあげる。苗木を育てるポットに目を向けると、縦に細長い形状となっている。細長い容器で育てることで、根が伸びていく時に塒(とぐろ)を巻くのを防ぐ。木を植え付けた後に健全な状態で根が伸び、強い雨風にさらされても倒れにくい丈夫な木に育つのだという。また、根を乾燥させると苗木が水を求めて細かな根を張るようになり、根が絡みやすくなるという。根をうまく絡ませることで、根についた土が崩れて落ちないようにするためだそうだ。

新しいエネルギー利用のかたち

川原さんが行う取り組みの一つとして、「パイプアーチ型雪氷利用貯蔵庫」の実験・実証事業がある。外気温だけで凍らせた氷を倉庫内の地中に埋設し、低温の空気を倉庫内に蓄え、苗木を保管する。いわば電気代のかからない冷蔵庫のようなものだ。大手ゼネコンの事業の一環として、実用化手前の基礎実験と実証を行う施設の第一号として運営に協力している。

この低温貯蔵倉庫を利用することにより、一定期間ではあるものの、4月前後の雪解け時期から7月上旬頃までの間は庫内の温度を摂氏2度以下に抑えることができるという。苗木を雪解け後に収穫し倉庫に貯蔵すると、約2ヶ月半は新芽が春を迎えずに貯蔵できるのだそうだ。北海道では、平野部で雪解けしても、木の移植現場となる山地では雪解け時期がずれる。雪がとけず作業現場までの道路が通行できなくなるため、作業に行くことができない。その間、新芽が吹いていない状態で休眠状態を維持できると、植えた木が生き延びる割合が極めて高くなるという。葉が展開している苗木を植えても、降雨量が少なければ必要な水分量を得られず野垂れ死んでしまう。芽吹いていない状態で木を植えると、木が自分の体調に合わせて(雨が降るまで)芽を吹かせずに過ごすことができるという。

目の前のことを、ひとつ一つ丁寧に

普段の仕事の中では、お客さんからの依頼に上手く対応したうえで、その働きぶりを評価してもらえた時にやりがいを感じるという。急な依頼などで対応の難しさを感じる時も、北海道内の同業者のネットワークを駆使しながら、できる限り細やかに対応する。目の前にある仕事に対し、ひとつ一つ丁寧に力を尽くす川原さんへの信頼は厚いのだろう。苗木の「規格をクリア」したうえで「生命力が強い」ものを提供するのは当然のことであり、そのうえで施工現場の地形やインフラレベルなどに配慮した対応を心がけることで、お客さんに喜んでもらえるという。そうした川原さんの誠実であたたかい対応が、単なる短期的なビジネスパートナーではなく、長い目で見た「人」と「人」としての信頼関係の構築につながっているのかもしれない。

未来への投資

移植する苗木は、造林する土地の地主が森林施業プランナーなどからのアドバイスを基に、植える木の種類や数、金額などを決定する。太くて大きな木をつくるには、多大な時間や費用がかかる。育つのに時間を要する木は、木の周辺の草を刈ったり、ネズミによる食害を防いだりと、とにかく手入れが大変だ。樹木の維持管理コストが低いことを最優先にする人もいる。その場所に投資をしても、大木になった木を見る頃には自分はもう生きていないかもしれない。そのような気持ちを抱えながらも、未来の森や人間の暮らしをどう自分なりに捉えられるかが重要だ。

「この事業は長いスパンで考えないといけないものなんです」、川原さんは穏やかに話す。世の中にある企業や組織の多くは決算が12ヶ月毎となっているため、単年度でどのような成果を生み出すかという思考に傾倒しがちだ。しかし、川原さんはもっともっと先の未来を見据え、これから生まれゆく新しい世代の暮らしに想いを寄せている。

人間はこれまでの歴史の中で土地を所有し、時には、その土地を手に入れるために互いに争い奪い合ってきた。しかし、本来その土地は何万年も前から存在してきたものだ。「自分のもの」と主張できるのは、自分が生きている間だけだ。自分が住む生活圏の環境のことを考えれば、そうした個人的な主張は自ずとなくなるのではないか、そう川原さんは語る。この取り組みを上手く「仕事」として成り立たせるのは難しい、と率直な思いを話す一方、それでも「この取り組みを途切れさせてはいけない」と静かに力をこめる。

未来の環境づくりという大きな役割を担いながら、目の前の仕事をひとつ一つ丁寧に積み重ね、そして新しい取り組みにも前向きに挑戦する姿に大きな学びを得た取材だった。

 

プロフィール
Photo:牧 寛之

有限会社川原種苗

川原 与文

有限会社川原種苗 代表取締役。ニセコ町出身。北海道内各地で、主に樹木の苗木の生産や仕入れ、販売などを行いながら、次世代が暮らす未来の環境づくりに励んでいる。また、「パイプアーチ型雪氷利用貯蔵庫」の実験・実証事業に協力するなど、新しいエネルギーを利用した取り組みにも携わっている。

文責:

佐々木 綾香

インタビュー一覧
お問い合わせ