明日をつくる教室

背中をそっと押す仕事

ニセコ町地域おこし協力隊

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松本 竜太

取材日 2月 18日

Photo:牧 寛之

ニセコ町の地域おこし協力隊の松本竜太さんにインタビューを行った。2020年度の協力隊の隊長も務めていた松本さん。配属先は株式会社ニセコリゾート観光協会だ。ニセコの町外から多くの観光客の皆さんが訪れてくれるよう、いわゆるインバウンド向けのコンテンツの提案やプランの作成などを行っている。観光が経済の大きな割合を占めているニセコ町。このニセコにおいて、宿泊事業者やアクティビティ会社と連携しながら業務を行っている。元々旅行業界ではないバックグラウンドを持っている松本さん。配属されてイチから業務を学び、試行錯誤しながらニセコの観光を盛り上げるべく仕事をされている。

母の影響で食品流通業へ

松本さんはニセコに来る前、食品関係の営業と品質の管理、仕入れ調達などを行なっていた。

お母さんが栄養士だったこともあり、子供の頃から食が身近にあった。大学も江別の酪農学園大学で食品流通について学び、食べることも自分で料理を作る事も好きだった。最近はお酒も好きなので、自分でつくると無意識にお酒のツマミができてしまうという。

このように食に興味が高い松本さんは、大学卒業後の進路も食品関係に進んだ。スーパーの惣菜コーナーをターゲットにした食品メーカーに就職した。東京の6年は商品の営業(企画提案)が主で、札幌では食材の仕入れと品質管理の仕事が主だった。自分が企画・提案したものが実際に商品化して店頭に並ぶことに、とてもやりがいを感じた。東京で6年、札幌で5年働いた。合計11年食品メーカーに務めた後、縁あってニセコ町に移住することになった。

羊蹄山を眺めながら暮らせるニセコ

「羊蹄山の見えるこの地に住みたい」というのが移住の理由だった。漠然としていたが、いずれはニセコに住みたいなと思っていたところ、ちょうどニセコ町の地域おこし協力隊の募集があった。これまで東京や札幌という都会で11年間会社員として働いてきた。自然の豊かなこのニセコの地での新生活に奥さんも背中を押してくれた。協力隊の卒隊以降、何をするのかは決まっていなかった。この地域でできることを探すことから始めよう。そう思った。

ただ、ひとつ、松本さんの中には生かしたいスキルがあった。それは業務改善のスキルと経験だった。「会社員時代の経験を生かせるかもしれない」そう思っていた。

食品会社で業務改善活動を主体的に行ってきた松本さん。松本さんの人柄もあってか、現場で働くみなさんの悩みや要望が集まってくる。それらを丁寧に拾い上げる。何が問題の根底にあるのかを考え、みなさんが働きやすい環境をつくって業務改善を行った。「とても大変な仕事だった」と振り返る。しかし、今となっては自分の糧になっている。このスキルを協力隊や卒隊後も生かしていきたいと松本さんは考えている。

協力隊隊長として

ニセコ町の地域おこし協力隊には隊長という役職がある。各種の連絡事項や協力隊全員が参加する全体活動の取りまとめ、役場との調整業務、協力隊としてのイベント企画の立案など多岐にわたる。2020年度のニセコ町の協力隊の隊長を松本さんは引き受けた。前述の通り、隊長には行うべき業務は細々と多い。しかし、「隊長として、みんなが何をしたいのかを重要にしたい」と松本さんははっきり言う。

協力隊として集まってきた23人(※取材時2021年2月時点)の隊員はそれぞれ違う個性と目的を持ってきている。みんなが目指している方向が違う。だからこそ、多様性を重要にしている。多様性を重要にしているからこそ、松本さんはみんなが話しやすい環境づくりをとても意識している。

週1回の全体会議は同じ方向を向く教室(会議)スタイルから、丸く全員と目が合う座談会スタイルに変えた。

前隊長や副隊長の意見を取り入れ各隊員に協力してもらい、来られない人のためにオンラインでも参加しやすい環境を整える。現地とオンラインの会議をつなぐ機材の準備と設定、参加できなかった人に後で共有できる議事録などの情報伝達の仕組み。こうした事柄と並行して、多様な個性を尊重して、それぞれが力を発揮しやすい環境を整えることに気を配っている。

その先に見据えているのは地域課題の解決だ。松本さんはこれだけ多様な人材だからこそ、協力隊がもっと外に出てニセコ町で活躍し、それが課題解決につながっていくことができればと考えている。

目に見えてきた動きもある。例えば、松本さんが働くニセコリゾート観光協会では学生の修学旅行の受け入れを行っている。きてくれた生徒さんにはニセコでしかできない体験をしてもらい、ここでしか聞けない話を聞いてもらえるようなコンテンツを提供している。その中で、多様なスキルを持った協力隊の強みを生かして、各隊員個別に「仕事」についての講話を行ってもらっている。従来はこのような取り組みはボランティアで行っていた。しかし、しっかり各隊員が持っているスキルには対価を支払うような仕組みに挑戦している。株式会社である観光協会にとっては収益につながる。協力隊員にとっても自分のスキルを再発見でき、自立につながる。学生にとってはニセコでしか聞けない話を聞くことができる。三方よしの取り組みだ。実際に学生の受け入れ先もこの1年で何個も増やすなど、精力的に松本さんは動いている。今後はこの取り組みをさらに発展させて、隊員に1クラス担当してもらい、学生のキャリアビジョンの参考になるような講話や、協力隊とディスカッションするプログラムなども面白いと考えている。

このような小さい交流の積み重ねが、修学旅行生にとってはかけがえのない体験になり、ニセコのローカルな魅力の発見につながっていく。そして、このローカルな魅力が結果としてニセコに継続的に人を呼び、より深い交流が生まれるかもしれない。これは、ニセコへの来訪者の滞留時間を延長させるなど、地域課題の解決につながっていくかもしれない。

そっと背中を押す存在

協力隊が地域課題を解決する時に2つのアプローチがあると松本さんは考えている。1つは協力隊自らが課題解決に向けてアクティブに活動し、企画を引っ張っていくというアプローチ。もう1つは地域に潜在的にある事柄に対して、そっと背中を押すというアプローチだ。どちらもあって良い。ただ、より持続的で理想的なものは後者だと松本さん個人は考えている。

他の地域からやってくる協力隊は良くも悪くもよそ者だ。しかし、だからこそ見えてくる課題や価値がある。規格外として畑に捨てられる農作物の加工や放置されてしまった畑や建物の利活用など。その地域では当たり前になってしまったもの、価値を失いつつあるもの、そういったものの価値を再評価し、繋げて、発信していく。これは協力隊だからできることだ。23人の協力隊は様々な配属先で仕事をしている。だから、行った先々で見えてくる地域の実態を丁寧に拾い上げることができる。そして、ニセコ中で働く協力隊同士は互いにネットワークしている。このネットワークを生かし、地域の課題を解決につなげていく。さらにそれを内外に発信していく。地域おこし協力隊にはそんなポテンシャルがあることを松本さんは信じている。そして、その力を存分に発揮してほしいと考え、そのための環境を隊長として整備している。

業務改善は、やりたい仕事をする時間をつくる

2021年4月から隊長の役職を次に引き継ぎ、卒隊後の自立に向けた松本さんの1年が始まっている。松本さんは「社会保険労務士」と言う職種を目指している。社会保険労務士は、国家資格で労働者の労働環境の向上や社会保険を適切に実施するためのサポートを行う仕事だ。就職から退職までの労働・社会保険・年金の相談など、業務の内容は多岐にわたる。この社会保険労務士になって、ニセコエリアで働く方々の労働環境の改善を行なっていきたいと松本さんは考えている。

「効率的な仕事の環境が整った分、本来やりたかった仕事に時間を使えると思うんですよね。」こう話す松本さんにふと、質問をした。

松本さんにとって仕事って何ですか?

「そう言われてみると、なんでしょうね。笑 でも、仕事がうまくいくからプライベートがうまくという順番だと思うんですよね。」と松本さんは答える。

仕事の効率が上がった分、プライベートや自分の時間を大切にすることも大切だ。松本さんは、よりやりたい仕事に時間を使うことも重要だと考えている。それは、仕事のモチベーションの向上をもたらし、結果としてプライベートも充実して、人生が豊かになるからだ。松本さんにとって「仕事」と「役割」は同義で、人生の役割を実現するものが、仕事という意味なのかもしれない。

松本さんは、出会う人に寄り添ってお手伝いをする「仕事=役割」を目指している。その人により効率よく働いてもらえる環境を整える。地域おこし協力隊の隊長として行ってきた「そっと背中を押す」とも通じる貴重なお仕事である。

プロフィール
Photo:牧 寛之

ニセコ町地域おこし協力隊

松本 竜太

ニセコ町地域おこし協力隊(株式会社ニセコリゾート観光協会配属)。1987年札幌市生まれ。大学卒業後、東京~札幌で食品関係の会社に約11年従事。2020年よりニセコ町地域おこし協力隊としてニセコ町へ家族で移住。ニセコリゾート観光協会では主に旅行業務に携わっている。

文責:

牧 寛之

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