明日をつくる教室

木を想い心を寄せる家具づくり

木工房シンプイ

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一松 伸裕

取材日 4月 2日

Photo:佐々木 綾香

ニセコでの暮らしに温かみを添える自然素材として愛される木材。「木工房シンプイ」は、ニセコ町で20年以上にわたって木工家具を作り続けてきた工房だ。この工房を立ち上げた一松伸裕(いちまつ のぶひろ)さんの作る家具は、シンプルなデザインの中にちょっとしたアクセントを効かせており、すっきりとしたスマートで美しい造形ながら、丈夫で使いやすい。この地で木と向き合い、家具を作り続けてきた一松さんにお話をうかがった。

木工作家になるまで

木工作家の一松さんは、愛媛県松山市の出身。1994年に愛媛県から北海道に移住した。北海道に来て最初の3年弱は、札幌市にある木製遊具の製造を行う会社で働いていた。木材を使ったさまざまな製作の仕事に携わる中で、もっと高度な技術が必要とされる家具や、より芸術的な家具をつくりたいと思うようになった。家具作りの技術を身につけるため、同社を退社した後は帯広の職業訓練校に通い、家具作りの基礎を学んだ。職業訓練校を卒業した後は、縁あって栗山町の家具製造会社で約1年働いた。入社する際に、いずれ自分で工房を持ちたいということは会社に伝えていた。

ニセコ町には2000年に移住した。移住と同時に独立し、今の木工房を立ち上げた。ニセコ町で木工製作の仕事を始めてから、ニセコエリアのさまざまな宿泊施設や公共施設、個人のお客さんなどに家具を納めてきた。ニセコ町内の公共施設では、ニセコ町役場の町長室や五色温泉インフォメーションセンターなどで、一松さんが製作した家具が使われている。

「生き物」としての木と向き合う

一松さんが作る家具には、長く使い続けるうえでの耐久性と、見た目をスッキリ美しく見せるための工夫が施されている。例えば、テーブルなどであれば、「蟻桟(ありざん)」という木組みの工法を用いている。この工法は、テーブルの天板の反りを防止するためのもので、一度組むと半永久的に外れない。日本の伝統的な木工の技法だ。一般的には金属の材料を使って反り返り防止の処置をするが、蟻桟で組んだ場合、家具ができあがった際にどのように組んだかが分かりにくいスッキリとした見た目に仕上げることができる。

さまざまな木材がある中で、無垢材は純粋な植物としての特徴を色濃く残す木材だ。ベニヤ板のような合板は、無垢材と比べて反ったり割れたりせず、温度変化にも強い。これに比べて無垢材は、切り出され、乾燥させられて時間が経過すると、木の元々持っていた力やその育ち方の影響を受けて「暴れる」ことがある。

例えば、斜面などに生えている木には、日光を求めて通常伸びていくべき方向とは逆の方向に伸びていく力がある。そのような木は、根本付近の幹が通常とは異なる方向に曲がって育つため、その部分が頑強になる。木が切られ加工された際に、それまで溜め込んでいた力が解放され、加工された後も木が動き曲がっていく。木が植物として元来備え持つ、力強い生命力を感じさせる話だ。

見えないものを感じ取る

自然の中に身をおくと、例えば「良いエネルギーを感じる」など何かをキャッチできると考える人が多数いるが、その感じ方は人によってさまざまである。そうした「自然のパワー」なるものを感じ取れない人もいれば、「森に精霊がいる」と感じる人もいる。「俺はそういうのあんまり分からない人間なんだけどさ(笑)」と前置きしつつ、「人間や動物と同じように、生きている有機物にはそうしたエネルギーのようなものが絶対に宿ってると思うんだよね」と一松さん。

例えば、ベニヤ板のように薄く加工して接着剤をたくさん使って圧縮したようなものは、そうしたエネルギーが薄まっていくように感じるそうだ。「俺みたいな、そういうのよく分からない人間にとっても、無垢の木を扱っていて、夜にシーンとした工房で作業をしていると、(木から発せられるエネルギーで)すごく幸福感を感じることがあるんだよね」。これは実際に経験した人でないと分からないかもしれない、と話す。

若い時は、自分のからだそれ自体が持っているエネルギーに溢れていたため、何か感じるものがあったとしても、あまり意識することがなかった。「これから年齢を重ねていく中で、筋肉も落ちて、色々な体の機能が衰えていく。自分自身が発するパワーが減っていくことで、今まで感じ取れなかったような自然の繊細なエネルギーを感じやすくなるんじゃないかな」と一松さん。

若い頃はとにかく仕事をこなすことだけを考えていて、設計上のことや納期のことに気を取られて家具を作っていた。これからは、木が醸し出すものをもっと感じ取っていきたいと考えている。「木は生き物だし、人間は昔から木と深い関係を築いてきたからね。きっと何か感じられるものがあると思う。年を重ねれば重ねるほど、そういうものに対する感受性が増していけばいいなと思ってる」。そう語る一松さんの言葉から、これまでともに仕事をしてきた、無垢の木に寄せる一松さんのあたたかい気持ちが伝わってくる。

アートをつなぐ取り組み

一松さんは自身の木工製作のみにとどまらず、分野を越えたアートをつなぐ取り組みも行っている。毎年ニセコ近隣で開催されてきた「CRAFT ART FESTIVAL(クラフトアートフェスティバル)」は、一松さんが発案・企画したイベントだ。木工以外にも、鉄やガラス、服飾や焼き物など、ニセコエリアのさまざまな分野のアーティストと作品が集まる。会場ではライブ演奏が行われたり、花や植物のデコレーションが施されるなど、さまざまな人々が関わってこのイベントを作り上げている。これまで8回に渡ってこのイベントを開催してきた。「できたら10周年になるまで続けたいな」と意気込みを語る。

ふるさと愛媛での新しい挑戦

これまでニセコで受けてきた仕事では、お客さんからの注文を受けて家具の製作を行うことが多かった。自分自身のオリジナルの作品を作る余裕がなく、仕事をこなすのに精一杯だった。長い間製作を行う中で、自分のオリジナルのデザインが段々と固まってきた。これからは自分のオリジナルの作品をもっと作っていきたいと考えている。そうした思いと、より広く使える工房を探していたという経緯もあり、地元愛媛県の廃校になった学校を工房として活用することを決めた。自身の工房や材木置き場、ギャラリーなどとして使用するほか、さまざまなジャンルのアーティストが集い活動できるような場にしたいと考えている。

愛媛でも、これまでニセコで開催してきたクラフトアートフェスティバルを開催したいと考えている。「ニセコと四国でそれぞれのアーティストや作品を紹介し合うことで、それぞれの情報を外に向けて発信したり、お互いにとって何か良い刺激になれば」と一松さん。四国西部は日本の伝統文化や芸術の歴史が深く、今もなお大切に受け継がれているものが多い。「新しいものに囲まれていると、古いものに出会った時に新鮮に感じる。逆に新しいものとして感じられるのではないか」と語る。

「これからどれほど仕事が来るのか全然分からないけどね。ゼロからのスタートだよ。」そう話す一松さんの言葉には不安そうな様子はなく、むしろこれからの未知の可能性にワクワクしているように見えた。

一松さんは、これまでニセコで培ってきたものとともに、今後さらなる挑戦を続けていく。木との対話を日々重ねていく中で、今後一松さんの作品がどのように変化していくのか楽しみである。


\Niseko Craft Art Festival 2021のお知らせ/

一松さんが企画・開催されているニセコクラフトアートフェスティバルが、今年2021年も開催されることとなりました!
ニセコエリアのアーティストの方々に加え、愛媛県で活動されているアーティストの方々も今回参加されるそうです。
ぜひこの機会に足を運んでみてはいかがでしょうか?

「Niseko Craft Art Festival 2021」
開催日程:2021年9月23日(木祝)〜26日(日)10:00〜18:00(最終日は16:00まで)
会場:ホテルシャレーアイビー(Chalet Ivy HIRAFU)(北海道虻田郡倶知安町山田188-19)


「Niseko Craft Art Festival 2021」PDFデータ

【イベントウェブサイト】
ニセコクラフトアートフェスティバル Facebookページ

【お問い合わせ先】
090-2075-6635(同展事務局)

プロフィール
Photo:佐々木 綾香

木工房シンプイ

一松 伸裕

愛媛県松山市出身。1994年に愛媛県から北海道に移住。2000年にニセコ町移住し、「木工房シンプイ」を立ち上げた。20年以上に渡りニセコで家具を作り続け、ニセコエリアのさまざまな場所で一松さんの作品が使用されている。今年2021年7月に工房をニセコから故郷愛媛県に移転。愛媛の工房で家具づくりを行いながら、愛媛やニセコでアートを通じた交流の場づくりを行っている。

文責:

佐々木 綾香

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