明日をつくる教室

人と人をつなぐ観光

ニセコ高校 グローバル観光コース 教師

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中谷 知記

取材日 4月 25日

Photo:佐々木 綾香

ニセコ町にあるニセコ高校は、農業をベースとした専門的な学びを提供しながら、時代の流れに合わせて観光について学べるコースも提供している高校だ。同校の「グローバル観光コース」を受け持つ中谷知記(なかたに ともき)先生は、ニセコを題材とした実践的な観光の授業を行っている。地域のさまざまな人たちと関わりながら、日々アクティブに活動されている中谷先生にお話をうかがった。

サッカー青年から教師へ

中谷先生は北海道の旭川市出身。高校を卒業するまでは地元旭川で過ごし、その後進学した大阪の大学では商業を学んだ。大学在学中に、とある企業のインターンに参加し、その後その企業から就職の内定をもらっていたものの、入社前に辞退してしまった。自身がイメージしていた仕事の内容と実際の内容に大きなギャップを感じるとともに、決められたことをただこなすだけの仕事の雰囲気に強い違和感を感じたためである。内定を辞退したことで、就職活動の際にお世話になったサッカー部の監督にはすごく怒られた、と少し苦笑いする中谷先生。

教師を目指したきっかけは、その時の監督からの一言だった。「7月の教員採用試験に受かったら、今回のことは許してやる」。適性があると見られていたのか、監督には以前から度々「教員になったらどうだ」と声をかけられていた。そのため、教員採用試験を受けるうえで必要な授業の単位は履修していた。そこから猛勉強し、なんとか無事に試験に合格することができた。採用地は、地元の北海道を選んだ。

心が動いたマラソンコース

教員として採用された後、道内の様々な場所で働いた。真狩高校に勤めていた時に、ニセコマラソンに参加する機会があり、そのコースを走っている中で今の住まいの場所を通りがかった。そこでの風景を見て、「いい場所だな」と感じ、それがきっかけとなりニセコ町に移住することを決めた。

ニセコ町には9年前の2012年に移住した。「元々、ニセコ町に近いところに住めたらいいなと思っていたんです。色々なアウトドアのアクティビティが楽しめる環境があるし、子育てするにもいい環境だなと思っていました」。中谷先生は大のアウトドア好きで、休日はスキーやスノーボード、自転車、マラソン、登山など、様々なアクティビティを楽しんでいるそうだ。

ニセコならではの学びが得られる学校

ニセコ高校には、ニセコならではとも言える「緑地観光科」という学科がある。同学科は、豊かな自然を基盤として、農業と観光が基幹産業となっているニセコの特性を背景に、持続可能な農業と観光の未来を担う、地域に根差した産業人の育成を目指す学科だ。ここでは、目的に応じて「農業科学コース」と「グローバル観光コース」の2つのコースを選べるようになっている。

ニセコ高校は元々農業を専門とした学びを提供していたが、時代の流れの中で、ホテル等のリゾート施設で働ける人材を創出することを目指し、観光を専門としたコースがつくられた。現在ある「グローバル観光コース」はビジネスと観光をベースとした内容となっている。来年度からは観光と英語に関わる内容(グローバル探究と観光英語)をメインとしたカリキュラムになる予定だ。同コースでは、希望者は4年生まで在籍することができ、最終学年では海外のホテルなどでの現地研修を体験することもできる(今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により中止)。中谷先生は同コースの中で観光と商業をメインで教えている。

地域から学ぶ実践的な観光

観光の授業には定められた教科書がない。観光庁が作成した関連する資料などを活用しているが、そうした既存の教材を使うことよりも、ニセコの現地だからこそ学べる内容にフォーカスし、その年の時代の流れに合うようなトピックを選んで授業の題材としている。生徒にとってもより実践的な学びを得られるため、将来に役立つからだ。

「ニセコ地域には観光を学ぶうえでさまざまな資源や機会がある。また、観光は地域によってアプローチの仕方や取り上げるべき分野がそれぞれ異なります。」と中谷先生。特にインバウンド(訪日外国人旅行)やグリーンツーリズム(農山漁村に滞在し農漁業体験を楽しみながら、地域の人々との交流を図る旅行)などを取り上げた授業を行っている。

例えば、「ニセコになぜこんなに外国人のお客さんが多いのか?」「なぜオーストラリアの人が多く来るのか?」といった身近な話題から始まり、「では、他の国の人だったらいつ頃来たいと思うか?この時期はこの国では長期間のお休みがあって旅行しやすいね」といったように話題を広げていく。外国人のお客さんが、それぞれどのような環境の下で生活しているのか、どのようなことを好むのかなど、事例を挙げながら考えていく。

このように異なる慣習を持つ他国からの観光客の視点を持つように意識しないと、日本人としての視点だけで物事を捉えてしまう。授業の中では、提携しているマレーシアのホテル関係者にインタビューを行い、日本人と他国の人の興味・関心の違いなどを実際に体験する機会もつくっているそうだ。

ニセコ町が2018年にSDGs未来都市に選定され、持続可能なまちづくりを目指していることから、最近では持続可能な観光地づくりをテーマにした授業も行っている。海外の人が持つ感覚や価値観などを学ぶ中で、世界的に「持続可能性」という考え方が重要視されてきていること、そして観光という分野での取り組みとして、持続可能な観光地づくりの取り組みがあるという話につなげているのだそうだ。

地域の人や資源を繋ぐ

中谷先生が教師として学びを提供する中で、大切にしていることがある。それは、地域のさまざまな人たち同士を繋ぎ、またさまざまな資源を掛け合わせることで、ニセコ町の観光や地域振興に相乗効果を生み出すきっかけを作ることだ。

現在、中谷先生が指導しているニセコ高校4年生の生徒2人が、ニセコ町の近藤地区にあるニセコワイナリーで、ワイン栽培やマーケティングなどを学ぶ研修に参加した。そこでの学びを踏まえ、10月開催予定のワインとフットパスをテーマとしたツアーを企画した。近藤地区を徒歩で散策し、そこで見られる風景を楽しみながら、ニセコ町産のワインや、ニセコ町・近隣地域の食材を使った食事を楽しむことができるツアーになる予定だ。

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このツアーでは、ニセコワイナリーをはじめ、ニセコチーズ工房やLaLaLaファーム、ニセコチセガーデンなど、近藤地区のさまざまな事業者の方々が協力してくれることとなり、近藤地区の魅力が詰まった食事を提供する予定だ。「ニセコ町には、地域の観光を盛り上げていこうという高い意識を持つ生産者さんや事業者さんが多くいます。今回企画したツアーでも、地域の方々が協力に声をあげてくれました。地域の皆さんに勉強させてもらっているなと感じています。」と中谷先生。

続けて、「観光振興の取り組みを行う中で重要なことは、さまざまな人を巻き込んでいく力だと思います。関わる人たち同士を繋げたり、自分が誰かと繋がったり、その中で新しいもの(商品やサービス、価値など)を生み出していけるのではないかと思うんです。「観光」というと、学校の先生の発想だと、例えば単に商品開発の取り組みを行って終わり、といった内容に行き着きやすいですが、すでにニセコには良い商品がたくさんあります。それをどう繋ぐかを考えることが大切だと考えています。」と、中谷先生は力強く語る。

「地域の方々が高校と接点を持つことで、何か別の接点ができたり、それがきっかけで新しい取り組みや価値を生み出すことに繋がったらいいなと思ってます。」このツアーを通じて、地域の中で何か新しい化学反応が起こるかもしれない。中谷先生と生徒2人が3人4脚でつくりあげてきたツアーが、これから地域にどのような変化をもたらしていくのか、開催が待ち遠しい。

取材を終えて

今回中谷先生のお話を聞き、こんなに地域にアクティブにでかけていき、色々な人たちと関わりながら授業を行っている先生がいるということに驚きを感じた。より良い観光教育を提供しようとする教師としての思いに加えて、地域の人たちとの関わり合いや協働を、ご本人自身が興味を持って楽しんでいるように見えた。中谷先生の「人と人を繋ぎ、周囲の人を巻き込んでいけるような生徒になってほしい。」という生徒たちへの温かい思いは、自らそれを楽しみ行動する中谷先生の背中を見る生徒たちに、きっと自然と受け継がれているのだろうと感じた。

プロフィール
Photo:佐々木 綾香

ニセコ高校 グローバル観光コース 教師

中谷 知記

ニセコ高校グローバル観光コース教師。北海道旭川市出身。ニセコマラソンに参加したことをきっかけに、2012年にニセコ町に移住。趣味はスキーやスノーボード、自転車、マラソン、登山などのアウトドアアクティビティ。ニセコ高校では、ニセコを題材とした実践的な観光の授業を行っている。地域のさまざまな人たちと関わりながら、日々アクティブに活動し、生徒たちのサポートを行っている。

文責:

佐々木 綾香

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