明日をつくる教室

ともに描く、自分たちらしい暮らし

スキーインストラクター、 Niseko Eco Project 代表

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フィリップ ハウエル・ 横尾 わなか

取材日 7月 15日

Photo:佐々木 綾香

ニセコアンヌプリのふもと、曽我地区で、通りがかった人が思わず目を引く場所がある。広大な畑に囲まれたこの地域で、住宅の片隅にひっそりと佇む、古い路線バス。それはなんと、フィリップ・ハウエル(Philip Howell)さん・横尾わなかさんご夫婦の自宅だった。ニセコを愛し、自分たちらしい暮らしを実践し楽しむお二人にお話をうかがった。

ニセコで生まれ育ったわなかさん

横尾わなかさんは倶知安町の出身。元々首都圏に住んでいた両親が、今から30年ほど前に倶知安町に移住した。わなかさんは、自宅の目の前に羊蹄山が大きく見えるところで生まれ育った。家の周りは自然豊かで、子供の頃は泥遊びをしたり、近所の人たちと一緒に畑作業をしたり、一緒にご飯を食べたりと、田舎らしい暮らしをしていた。「わなか」さんという珍しい名前の由来を聞いてみると、「両親がワーキングホリデーでニュージーランドに行き、Wanakaという町で結婚式を挙げたんです。それで、「わなか」にしたみたい」と、笑顔で話すわなかさん。

わなかさんの笑顔はまるで太陽のよう

ご両親がスキー好きだったこともあり、わなかさんは3才の時にスキーを始めた。フリースタイル競技の一つであるモーグルに長年励み、大会にも出場した。ある程度良い成績を残せるところまでいったが、元々「楽しければいいじゃん!」という気持ちでスキーをしていたため、大会での順位が1位でなくても、1位の人よりも大はしゃぎで楽しんでいたそうだ。その後競技を引退し、アメリカの大学に進学した。そして、ニセコに戻って来てから再びスキーを始め、スキーインストラクターになった。

ひょんなきっかけでニセコに来たフィリップさん

フィリップさん(以下、愛称の「フィルさん」)はイギリスの出身。イングランド北西部の都市、リヴァプールで生まれ育った。現地の大学でガーデンデザインについて学んだ。大学卒業後、24才の時にスキーインストラクターの資格を取り、スイスでスキー指導の仕事を経験した。その後、実家に戻り、ガーデンデザインの会社と環境に配慮した建材を販売する会社を立ち上げた。「ガーデンデザインの仕事では、誰も自分が思うような庭を作らせてくれなくて、嫌になっちゃったんです(笑)」とフィルさん。フィルさんは、探検要素があり、道を回って最後にあっと驚くようなものが出てくる庭を作るのが好きなのだそうだ。ガーデンデザインの事業を進める一方で、建材販売の事業が大きく拡大し、フィルさんは仕事に忙殺される日々を送るようになった。

イギリスで仕事をしていた当時のことを振り返る

「イギリスにいた時のフィルは、今とは全然違う雰囲気だったみたい。まさしく都会らしい暮らしって感じだよね」とわなかさん。「高級車に乗って、服や靴をたくさん持っていて、今思えば、あの暮らしの何が良かったんだろうって思ってしまうけどね(笑)」と苦笑いするフィルさん。その後、フィルさんはヨガと出会った。ヨガを通じて自分自身と向き合い、本当にやりたいことは何なのか考える中で、旅に出ることを決めた。

自宅すぐ近くにあるイタドリの林(フィルさんのお気に入りの場所)

会社をたたみ旅に出る準備をしていたフィルさんは、ちょうどその頃友人がニセコに行こうとしているという話を聞いた。「最初は『え、日本?』って反応しちゃいました(笑)その当時は日本のことをほとんど何も知らなくて」。元々フィリピンに行こうと考えていたが、友人からニセコのパウダースノーの存在を聞いたことと、「日本はフィリピンに近いよ」という一言が決め手となり、日本、そしてニセコに行くことを決めた。ニセコのことを何も調べずに来たため、羊蹄山があることを知らなかった。ニセコに来て最初の2週間、ずっと曇り空が続いていて見えなかった羊蹄山が、ある時晴れて急に姿を現し、「何あれ!?」と、とても驚いたそうだ。スキーインストラクターの経験があったことから、ニセコではスキーインストラクターとして仕事をすることを決めた。

なぜバスを自宅に!?

木々や畑に囲まれてひっそりと佇むバスハウス

2人は現在(2021年7月当時)自分たちで改装した古いバスを自宅にし、自然を楽しみながら、できる限り環境に配慮した生活を送っている。元々、一軒家を探していたが、ニセコ町内ではなかなか自分たちの希望に沿う物件がなかった。そんな中、バスを改装し自宅にするのが長年の夢だったというフィルさんが、バスハウスを作ることをわなかさんに提案した。

実は以前、フィルさんがオーストラリアに滞在していた時、ロンドンで販売されていた2階建てバスを、フィルさんがインターネットで購入したことがあった。「バスを買うまでは良かったんだけど、ロンドンでバスを引き取ってから自宅のあるリヴァプールまで帰っている途中でエンジンが壊れてしまって、最終的にはゴミセンターでリサイクルに出すことになっちゃった(笑)」とフィルさん。いずれにしても、イギリスは土地や建物に関する規制が厳しいため、バスハウスを持つのは難しかっただろう、と当時を振り返る。

バスハウスの中は想像していたよりも広い(そしてオシャレ!)

「今の世の中の多くの人々は、週5日働いて2日休む、そしてローンを返済するために必死に働いている。まるで奴隷みたい。仕事をするために人間は生まれてきたわけじゃないと僕は思う。でもそういうことを言うと、『それが普通だ』と多くの人が言う」。どうやってローンをせず、なるべく仕事をしないで生きられるか、それがフィルさんにとっては重要だった。「一般の人たちが家を購入する時に支払う、ローンの頭金と同じくらいの金額で家をつくりたかった。なるべくお金をかけずに、がむしゃらに働かなくても住める家、できる生活があるということを、若い人たちに見せたかった」とフィルさんは語る。

バスハウスの中には「つぎとまります」の電光表示板も(まだまだ現役!)

実際にバスハウスを作るのにかかった金額を尋ねてみた。「バス本体で約30万円。壁の断熱改修で約20万円。ほか諸々の設備改修なんかを含めてざっくり150万円くらいかな。でも改修で使った材料の80%くらいはリサイクルだったから、もしかしたらそんなにお金かかってないかも?」とわなかさん。最初はコンテナハウスも検討したが、2人で生活するうえでのサイズに合うコンテナが無かったそうだ。バスであれば、最初から窓も付いていて、運転して動かすこともできるという利点もあった。北海道で数少ないバスの販売場所を何箇所か回った末に、今のバスに出会うことができた。「見た瞬間一目惚れした!」と嬉しそうに笑うわなかさん。

バスハウスの前でにっこり

2人が実践する暮らし

今の生活の中でかかっているのは、なんと電気代だけ、とのこと。冬場は薪ストーブで暖をとっており、工事現場で廃材となった木材をもらってきて、薪として使っている。トイレはコンポストトイレを使っている。溜まった中身は、町内の飲食店でもらってきたオーガニックの生ごみと合わせて肥料にし、自宅の庭での野菜作りに活用している。飲料水は100リットルのタンクに、排水は20リットルのタンクに入る分だけ。「排水はタンクがいっぱいになったら自分で出さなきゃいけないから、、、その作業が面倒くさくて(笑)だからそもそもの水を使う量がすごく減った」とわなかさん。月々の生活にかかるお金が少ないため、なんとか生き抜くのに必要な分だけ収入を得られれば良い暮らしになった。

2人が野菜を育てている畑

ぐんぐん成長中のトマト

畑の野菜はすべて有機栽培でつくっている。フィルさんは、わなかさんと出会って初めて、自らの手で野菜をつくる楽しさを知ったそうだ。食べ物は、お米や調味料、お茶などは作れないが、それ以外で必要な野菜はなるべく自分たちで作るようにしている。いつかは、自分たちで作れないものは、近所の人と交換したり、作った野菜を販売して得た収入で購入できるようになればと考えている。こうした日々の実践を通じて、人にも環境にもやさしい、循環するライフスタイルを目指しているそうだ。

庭になったイチゴをお味見!

ニセコの時代の変遷を振り返って

ニセコ地域で生まれ育ったわなかさんに、ここ20年ほどのニセコの時代の移り変わりについて教えてもらった。

わなかさんは、倶知安町立西小学校の樺山分校に通っていた。わなかさんが小学校高学年の時に、初めて海外(オーストラリア)出身の女の子が同級生として小学校に入ってきた。その女の子と仲良くなり、自宅にお泊まりをしに行くこともあった。「その子に『明日何する?』って英語で言えないのがもどかしくて。そこから英語を勉強するようになった」と当時の思い出を振り返る。

幼少期からニセコの風景を見続けてきたわなかさん

ちょうどその頃から、海外からニセコに訪れる人が増え始め、周りに色々な建物ができていったそうだ。「最初は、外国みたいですごいな〜!って、思ってた。でも、札幌の高校に進学して、ニセコに帰ってくる度に、みんなでかくれんぼして遊んでいた森がなくなっていたり、よく集まっていたロッジがなくなっていたりした。同級生のご両親はペンションを経営している人が多かったんだけど、建物がひしめきあって、居心地が悪くなって、違う場所に引っ越してしまった人もいた。ニセコには、「地元の友達」も、そのご両親ももうほとんどいない。それがちょっと寂しい」と少し切なそうなわなかさん。

「でも、そうやって色んな人が入ってきて町が大きく変わったからこそ、フィルにも出会えたし、海外出身の色んな友達がたくさんできたっていう側面もある」。小さい頃から様々な文化に触れてこられたのは、自分にとってとてもプラスだったと感じている。「元々好きだった地元らしさは無くなりつつあるけど、でも今のニセコの好きなところもある。ニセコで起きた変化が、大好きでもあるし、大嫌いでもある、、、なんとも言えないね(笑)」少し複雑な気持ちを抱えながらも、わなかさんはありのままの自分の気持ちを率直に話してくれた。

わなかさんだからこそ持てる視点や思いが印象的だった

2人のこれから

2人はこれまで、愛着のあるバスハウスで自分たちらしい暮らしを送ってきたが、これからの2人のライフスタイルの変化を見据えて、隣町にある築40年の家を購入し引っ越すことになった。古くなった家を自分たちの手で改装し、環境にやさしい家を作ろうとしているそうだ。「家全体の断熱改修で、バスハウスづくりの全体にかかった金額くらいお金がかかりそう。家を持つのはお金がかかるね(笑)」とフィルさん。思い出のバスハウスも、新しい住居まで移動させるそうだ。「バス、ちゃんと動くといいんだけど、、、(笑)」とやさしく笑うわなかさん。

自分たちが思い描く暮らしを実際にかたちにしてきたフィルさんとわなかさん。これからどんな新しい暮らしをともに形づくっていくのか、2人の今後がとても楽しみだ。

幸せそうな2人を見ていてインタビュアーも幸せな気持ちになりました!
プロフィール
Photo:佐々木 綾香

スキーインストラクター、 Niseko Eco Project 代表

フィリップ ハウエル・ 横尾 わなか

フィリップさんはイギリス・リヴァプール出身。わなかさんは倶知安町出身。スキーインストラクターとして仕事をしながら、環境にやさしい暮らしを自分たちの手で実践しつくり続けている。ニセコの環境保護を推進するための活動を行うNiseko Eco Projectの代表も務めている。

文責:

佐々木 綾香

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