明日をつくる教室

地元に愛され、地元を愛する 〜 30周年を迎えた老舗居酒屋の軌跡 〜

居酒屋松

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松本 恵子

取材日 8月 26日

Photo:佐々木 綾香

ニセコ町で老舗の居酒屋「松」を経営する松本恵子(まつもと けいこ)さん。ご主人と共に開業した松は、アットホームな雰囲気と心温まる料理が魅力の、地元で愛され続けるお店です。今年2022年の3月で、松は開業30周年を迎えました。

今回インタビューをお願いをしたところ、「そんなに話せることないですよ〜。なんだか恥ずかしいし、、、」と控えめな恵子さん。しかし、長きにわたって地域の人たちに愛され続けてきたのには何か理由があるはず。かなりの頻度でお店に通うディープなお客さんも多いとのウワサです。

そんな居酒屋松の秘密を探るべく、開業にいたるまでの経緯や、長年お店を切り盛りする中での思い、女将の恵子さんが作る料理の秘密、地域の人たちとの関わりなどについてお話を伺いました。

蘭越町出身。蘭越町在住時は同町の商工会に勤務。1988年頃に縁あってニセコ町に転居。ご主人の孝良さんと共に、1992年3月に居酒屋松を開業した。

居酒屋松の生みの親

ニセコ町の中心街にある居酒屋松。このお店には、常連のお客さんが楽しみにしている日替わりメニューがあります。ひと工夫凝らしたちょっと珍しい料理などもあり、お店に行くのが楽しみになります。

「日替わりメニューは大将の発案なんです。毎日とか、一日置きで来るようなお客さんが多かったから、通常メニューだけだと飽きちゃうんじゃないかって。」

居酒屋松は、「大将」と呼ばれるご主人の孝良さんと恵子さんがふたりで開業したお店。

「年を取ったら料理屋さんをやりたいっていう夢が大将にはあったみたいで。それで、結婚して二人でお店を始めることにしたんです」。

1992年に松本夫妻の元に誕生した居酒屋松は、今年で開業30周年を迎えました。

「大将は、見た目は怖いけど、すごく優しい人でした。いつも黙ってムッとした顔で焼き鳥を焼いてたから、お客さんも最初は怖がってたんです。でも『話してみるとすごく優しい人だね』とみんな言っていて。地域の人たちから慕われる存在だったと思います。」

と、嬉しそうな表情を浮かべる恵子さん。

積み重ねてきた知恵と工夫、そして経験

「最初に頭の中で料理をする」という恵子さん。脳内でレシピを組み立てたら、それを実際に作って、味を確かめて、どうしたら自分が思う味を作れるのか、実験を重ねます。

「私が何よりも信じているのは、自分の舌ですかね。これをこのくらい入れたらこういう味になる、というのが、段々と体で分かってくるんです。料理本のレシピとかは見ないですね。それ通りに作っても、自分が思った美味しさにはならないから(笑)」

恵子さんの料理に関するお話で興味深かったのが、ニセコ町の知る人ぞ知る郷土料理、「ニセコ鍋」のレシピ開発について。ニセコ鍋とは、廃棄されてしまう年を取った親鳥の肉を団子にして、山菜や野菜などと一緒に醤油味のスープで煮て食べる鍋料理のこと。ニセコに長年住んでいる人が知っている、隠れ郷土料理です。

「ニセコ鍋は作るのに苦労しました。その当時はっきりとしたレシピのようなものは無くて。元々アンヌプリのペンション街の方で提供されていたものを、町の中心街の方でも出してみたら?っていう提案があったんです。実際に食べてみたのですが、廃棄寸前の肉なので臭みが強かったり、食感が硬かったり、、、もっとアレンジして食べやすくできるんじゃないかと思ったんです。それで、臭みを取るために肉団子に味噌を入れてみたり、食感を柔らかくするために繋ぎの粉に米粉を使ったり、長芋も入れてみたりして、食べやすくアレンジしてみました。」

「どうやったらこの味を作れるか?」と、常に自分の頭で考え、自身の経験を元にレシピを組み上げていく恵子さん。長年積み重ねてきた知恵と工夫と経験が、居酒屋松の美味しい料理を生み出しているのですね。

地元の人たちから愛されるお店に

「お客さんが料理の味を褒めてくれた時が何よりも嬉しい」と話す恵子さん。居酒屋松では、冷凍の食材はなるべく使わず、基本的に生の食材を使うようにしています。信頼できる食材を使い、美味しさを追求し創意工夫をほどこす恵子さんの料理、お客さんが美味しいと唸るのも納得です。

お客さんとのやり取りの中で、恵子さんが「あの時は嬉しかった」と印象に残っている出来事がもう一つ。

「お客さんがツケ払いをしてくれた時に、『あ、この店はもう大丈夫だ』って思いました」

首都圏での暮らしの中では、なかなか馴染みのない「ツケ払い」(売掛払い)ですが、地方のお店ではこうしたやり取りを目にする機会が多々あります。

「お客さんがお店にツケ払いをお願いできるってことは、この店はそういうお願いをしても大丈夫だって思ってもらえてるわけです。それは、お客さんとお店の間に信頼関係ができたってことを意味しているんですよね。あの時は嬉しかったですね。」

小さな地域の中で飲食店を経営している恵子さんだからこそ分かる、地元の人たちとの信頼関係が構築された証だったのです。その時の出来事がきっかけで、居酒屋松を続けていく自信が芽生えたそうです。

自分を受け入れてくれた地元の人たちを、大切にしていきたい

30年以上にわたって居酒屋松を続けてこられた恵子さんに、これからのことを聞いてみました。

「まずは、お客さんが望む味を、望む値段で提供することが大事だと思ってます。私だけがバーンと突っ走って、自分だけが満足してもどうしようもないことだと思うので。『こんなに安くしちゃってお店大丈夫なの?』って心配されるお客さんもいるんですけど、それをなくしたら松じゃなくなっちゃいますから。何よりも地域の人たちへの思いがあるので、なるべく美味しいものを安く提供したい。ニセコを知らない自分たちを受け入れてくれたのは、ニセコの地元の人たちだから。自分たちを受け入れてくれたこの地域の人たちを、大切にしていきたいんです。」

そんな恵子さん、今新しい挑戦をしようとしています。今年の秋に、居酒屋松の隣に新しく焼肉屋さんをオープンする予定なのだそう!

「なんでいきなり『焼肉屋をやろう!』って思ったのか、正直自分でも分からないんですけどね(笑)もしかしたら、自分のことを試したかったのかもしれないですね。30年間ここでお店をやってきた証みたいなものを、何か形にしたかったのかもしれません。」

最後に、未来のニセコ町に対して、何か思いや希望などはありますか?と尋ねたところ、

「今まで通り愛してもらえたら嬉しいです。居酒屋松も、新しいお店も。」

と、優しく答えてくれました。

居酒屋松を愛する地元の人たちと、その気持ちに応える恵子さんのあたたかい思い。こうした思いと思いの渡し合いによって、人と人との繋がりがつくられていくのだと感じた取材でした。30周年というひとつの節目を迎えた居酒屋松と、新しい挑戦を始める恵子さん。恵子さんが発する言葉には、これまで培ってきた経験が生み出す穏やかな自信と、しなやかなたくましさに溢れていました。

プロフィール
Photo:佐々木 綾香

居酒屋松

松本 恵子

蘭越町出身。蘭越町在住時は同町の商工会に勤務。1988年頃に縁あってニセコ町に転居。ご主人の孝良さんと共に、1992年3月に居酒屋松を開業した。

文責:

佐々木 綾香

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